「非抜歯で歯列矯正ができる」という言葉は、歯を抜きたくない人にとって、非常に魅力的に聞こえます。しかし、その甘い響きの裏には、適応症例でないにもかかわらず無理に非抜歯治療を選択した場合の、いくつかの重大なリスクが潜んでいることを知っておく必要があります。安易な選択が、将来的な後悔に繋がらないように、その「落とし穴」を正しく理解しておきましょう。最も代表的なリスクが、「口元の突出感」が悪化する可能性です。歯が並ぶためのスペースが不足しているのに、無理に歯を並べると、歯列全体が前方に押し出されます。その結果、歯のガタガタは解消されても、口元全体が前に出てしまい、いわゆる「口ゴボ」と呼ばれる状態になったり、唇が閉じにくくなったりすることがあります。美しくなるための矯正で、かえって口元のコンプレックスを増やしてしまっては本末転倒です。二つ目のリスクは、「不完全な仕上がり」です。スペースが足りないままでは、歯の傾きやねじれを完全に解消することができず、どこか妥協したような歯並びで治療を終えざるを得ない場合があります。一見並んでいるように見えても、理想的なアーチ形態になっていないことも少なくありません。三つ目は、「後戻りのしやすさ」です。歯は、筋肉や骨に支えられた安定した位置に収まろうとする性質があります。無理な非抜歯治療は、歯をその安定した領域の外側に無理やり並べることになるため、治療後に元の位置に戻ろうとする力が強く働き、後戻りのリスクが非常に高くなります。そして最後に、歯を無理に動かすことで歯槽骨(歯を支える骨)に過度な負担がかかり、「歯茎が下がる(歯肉退縮)」リスクも指摘されています。非抜歯矯正は、あくまで適応症例に対して有効な治療法です。これらのリスクを十分に理解した上で、精密な検査と診断に基づき、専門医と慎重に治療方針を決定することが極めて重要です。
抜かない矯正の落とし穴知っておきたいリスク