歯列矯正を開始して一年が経過すると、多くの場合、患者さん自身も目に見える形で歯並びの変化を実感できるようになります。しかし、「一年でどれくらい歯が動くのか」という問いに対する答えは、残念ながら一律ではありません。歯の移動量や治療の進行度合いは、個々の不正咬合の種類や重症度、年齢、骨の代謝、選択した矯正装置の種類、そして何よりも患者さんの協力度(例えば、ゴムかけの指示を守るなど)によって大きく左右されるからです。一般的に、歯が顎の骨の中を移動するスピードは、1ヶ月に約0.5mmから1mm程度と言われています。単純計算すれば一年で6mmから12mm動くことになりますが、これはあくまで目安であり、全ての歯が常にこのスピードで直線的に動くわけではありません。歯列矯正では、まず歯を並べるためのスペースを確保したり、歯の傾きを治したり、歯を回転させたりと、様々な段階を経て歯を動かしていきます。そのため、初期の数ヶ月は見た目の変化が少なく感じられることもあれば、ある時期から急に歯が動いたように感じることもあります。例えば、叢生(歯がガタガタに重なっている状態)の場合、最初の半年から一年で歯の重なりが解消され、アーチの形が整ってくることが多いです。また、出っ歯(上顎前突)や受け口(下顎前突)のような前後的な不正咬合の場合、一年経過した時点では、まだ本格的な歯の移動の途中であることも少なくありません。特に抜歯を伴う矯正治療では、抜歯したスペースを利用して前歯を後退させるのに時間がかかります。矯正治療の一年目は、いわば治療の基礎固めの時期とも言え、歯が動きやすい環境を整えたり、大きな問題を改善したりする段階です。この時期に歯科医師の指示をしっかりと守り、定期的な調整を欠かさず受けることが、その後の治療をスムーズに進め、最終的に良好な結果を得るためには非常に重要になります。一年経過した時点で、期待していたほど歯が動いていないと感じたとしても、焦る必要はありません。担当の歯科医師は、患者さん一人ひとりの状況に合わせて最適な治療計画を立てていますので、不安な点があれば遠慮なく相談し、治療の進捗状況について説明を受けることが大切です。
矯正一年歯はどれくらい動くのか