地獄のゴムかけ歯列矯正!最後の試練
歯列矯正もいよいよ終盤。歯のガタガタはほぼなくなり、綺麗なアーチを描き始めた。ゴールは目前だ、と浮かれていた私に、先生は小さな袋を手渡した。中に入っていたのは、無数の小さな輪ゴム。「今日からゴムかけを始めていきましょう。これが最後の仕上げですからね」。その言葉が、新たな地獄の始まりを告げるゴングだったとは、その時の私は知る由もなかった。ゴムかけ、正式には「顎間ゴム」と呼ばれるこの処置は、上下の歯の噛み合わせを正しく仕上げるためのものだ。私の場合は、上の犬歯と下の奥歯にゴムをかけるように指示された。これが、想像を絶するほど難しい。指先で小さなゴムをつまみ、口の中の、見えにくい位置にある小さなフックに引っ掛ける。何度も失敗し、ゴムがパチンと飛んでいく。ようやく装着できても、今度は口を開けるたびにゴムが引っ張られ、顎全体にじわーっとした持続的な痛みが広がる。食事や歯磨きのたびに、この面倒な作業を繰り返さなければならない。そして何より辛かったのは、見た目の問題だ。大きく口を開けて笑うと、両サイドに張られたゴムが丸見えになる。まるで口の中に操り人形の糸が仕込まれているようで、人と話すのが億劫になった。最初の数週間は、痛みと煩わしさで本当に気が狂いそうだった。しかし、ある日、先生が言った言葉を思い出した。「このゴムかけが、噛み合わせを完成させるための最も重要なプロセスなんですよ」。そうだ、これは最後の試練なんだ。この地味で辛い作業の先にこそ、完璧なゴールが待っている。そう思うと、不思議と力が湧いてきた。一つ一つのゴムをかける作業は、もはや苦行ではなく、理想の自分を完成させるための、神聖な儀式のようにさえ感じられるようになった。