歯列矯正中に時折経験する「ミシミシ」「キシキシ」といった不思議な音。この音は、単なる気のせいではなく、歯が顎の骨の中で実際に移動している際に起こりうる物理的な現象と深く関わっています。その科学的な背景を少し探ってみましょう。歯は、歯槽骨という顎の骨に直接埋まっているわけではなく、歯根膜という薄い線維性の結合組織を介して支えられています。この歯根膜は、いわば歯と骨の間のクッションのような役割を果たしており、血管や神経が豊富に分布しています。歯列矯正では、ブラケットやワイヤーなどの装置を使って、歯に持続的かつ適切な力を加えます。この力が歯根膜に伝わると、歯根膜内の細胞が活性化し、複雑な生物学的反応が引き起こされます。具体的には、歯が押される側の歯根膜では血管が圧迫され、骨を溶かす細胞である「破骨細胞」が誘導されます。これにより、歯が移動するためのスペースが作られます。一方、歯が引っ張られる側の歯根膜では血管が拡張し、新しい骨を作る細胞である「骨芽細胞」が活性化し、歯が移動した後の隙間を埋めるように新しい骨が添加されます。この一連の骨吸収と骨添加のプロセスを「骨のリモデリング」と呼びます。このダイナミックな骨の改変過程において、古い骨組織が破壊されたり、新しい骨組織が形成されたりする際に、微細な構造変化が生じ、それが「ミシミシ」といった音として感じられることがあるのです。また、歯根膜自体も、力が加わることで引き伸ばされたり、圧縮されたりします。この線維組織の変形や、歯根膜内の血管や神経への影響も、音や違和感の一因となる可能性が考えられます。さらに、歯の移動に伴って、歯と歯槽骨との間の微細な癒着が剥がれるような際に音が発生するという説もあります。矯正装置自体も音源となり得ます。金属製のブラケットとワイヤーが擦れ合う音、あるいは装置を構成する部品同士がわずかに動くことで生じるきしみ音などです。特に、食事中や顎を動かした際に、これらの装置由来の音が聞こえることがあります。このように、歯列矯正中の「ミシミシ音」は、歯の移動という生物学的・物理的プロセスと密接に関連しています。多くの場合、これは治療が進行している健全な兆候と解釈できますが、音の性質や伴う症状によっては専門家の診断が必要です。この小さな音の背景には、私たちの体内で起こる精巧な生命現象が隠されているのです。
ミシミシ音の科学!歯が動くメカニズムと音の関係